2018年02月27日

原点回帰?

音楽仕事の軸足を作曲に置いてから20年以上になりますが、なぜか近年ギターを弾く機会が多くなってきて、来月は毎週あります。それもソロばかりで、どれもやることが全然違うので、今は寸暇を惜しんで練習と楽譜づくりとアレンジ作業です。

作曲も時間のかかる作業ですけど、アイデアを練るのはどこにいても出来るのです、五線紙さえあれば。車を運転しながらとか、歩いているとき、風呂に入っているとき等。プランが出来上がるとシンセとパソコンの前に座って制作にかかるので、わりと行動に自由さがあります。

でもギターの練習は家にいなくてはできないので、行動は制約されますね。ちょっと気分転換に外へ出たいのを我慢することの多い今日この頃です。

しかしこんな状況になってきたのは、もっとギターを弾きなさいという運命のサインかな?

そもそも僕が作曲を、それも劇伴音楽を作るようになったのは、たまたま代役を頼まれたのがきっかけ。それから次第に依頼が来るようになったからで、自主的に目標にしたわけでは無いのですよね。流れに任せてきただけなので。

ギターを弾く機会が増えてきたのも、また新たな流れが来ているのでしょうか? まあそうだとしたら、それも素直に受け入れるだけですけど。
posted by 曲屋 at 23:33| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月24日

山岡竜さんのお宅へ

今日は、南極観測50周年を記念して作られた、南極観測船宗谷を称える歌「宗谷よ」を歌ってくださった、キングレコード専属歌手の山岡竜さんの一周忌弔問に伺ってきました。

昨年の1月に亡くなられていた事を、昨年末の年賀状欠礼はがきで知ったので、「宗谷よ」の作詞をした元海上保安庁職員井上氏とご一緒に。

山岡さんは鹿児島のご出身。戦時中にご近所に音楽の先生が疎開してきて、戦後にその先生についてピアノを習い、手を骨折してピアノが弾けなくなったので、それじゃあと今度は声楽を習い、NHKのど自慢では後にプロになった神戸一郎さんとタイトルを争ったとか。

東京に出て交通公社の職員になった後も歌手の夢が忘れられず、なんと63歳でデビューしたのですね。「やりたいことを全てやった」と、亡くなられる前に語っていたそうですから、充実して楽しい人生を過ごされたのだと思います。

僕の書いた曲「宗谷よ」を、「歌いたい歌に出会った」と言って下さったそうで、有り難いですね。合掌
posted by 曲屋 at 22:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

幸せの語源

金メダルを獲得した羽生結弦選手、色紙に今の気持ちを書いてと言われて「幸せ」と書いていました。

この「幸せ」という言葉の語源は「為(な)し合わせ」だそうで、お互いに相手の為のことを為し合うことで、お互いに有り難いと感じることを表していたと。

その後、近年までは「仕合せ」と書かれていましたが、これも共に仕え合うという表記ですから、本来の意味は同じですね。「和を持って尊しとなす」国の幸福感とは、互いに支えあう精神にあるということです。これを知っていたから中島みゆきさんは「糸」の歌詞に「仕合せ」を使ったのでしょう。

で、羽生選手も多くの人の協力や支援に支えられてここまで来られたことへの感謝は、いつも口にしていますから、幸せの気持ちは正に「為合せ」であったのではないでしょうか。
posted by 曲屋 at 23:08| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする