2013年03月01日

大阪を首都にすると

今週のNHK[歴史秘話ヒストリア」は織田信長でした。安土城を中心に琵琶湖の周囲に強力な軍事体制を作り、天下統一のあかつきには大阪を政治の中心にすることを計画していたそうです。それを引き継いで実現させたのが豊臣秀吉だと。

ところで昨日、電車の中で読み終えた司馬遼太郎「歴史を紀行する」の最終章も大阪でした。

大阪は大都市としての立地条件は日本一だそうです。琵琶湖があるので水には事欠かない。土地が肥沃で食料の供給力があり、水運・海運の拠点でもある。

その立地条件に最初に目を付けたのが、福原遷都をした平清盛。次が織田信長、豊臣秀吉、さらに宗教では蓮如の石山本願寺。この地を「大坂」と名付けたのは蓮如なのですね。

ちなみに、大阪の地政学上の利点に気付く人物は、総じて政治の天才肌だと。ただ、なぜか大阪に首都機能を持ってきた政権は短命に終わるんですね・・・。

その後、明治維新の時に大久保利通が首都を大阪に決定しようとした。ところがその前の夜、大久保の自宅に無記名の文が投げ込まれ、その指摘があまりに的を得ていたので直前になって変更、首都は江戸に決まったと。

曰く、東北がまだ平定されていないのに江戸から手を引けば混乱が続く。大阪には官吏の為の建物が無いが江戸にはある。大阪は経済都市なので、このままでも栄えていけるが、江戸は政治都市なので首都機能が移れば衰退してしまう・・・等。

この投書をしたのは、当時まだ書生だった前島密(日本の郵便事業の創始者)だったそうで、昔は一介の書生にも凄い見識のある人物がいたものです。

司馬遼太郎さんは最後に、この大阪のジンクスに触れ、もし首都を大阪にしていたら維新政権も短命に終わっていたかもしれないと結んでいます。

この本が書かれたのは1968年ですが、半世紀近くも経った現在、橋下大阪市長が大阪首都構想をかかげていました。さあて、どうなんでしょう? 大阪を政権の中心地にする政権は短命に終わるのが、これまでのジンクスなのですが・・・。
posted by 曲屋 at 11:11| Comment(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする